会報記事


カレドニアンの空にトーナメントの明日を見た
−PGAフィランスロピー・トーナメントを観戦して−

三田村 昌鳳(作家)


空を撮ってから会場へ
 少年時代からカメラが好きで、旅に出ると必ずカメラを持ち歩く習慣が、いつの間にか出来てしまった。それが一眼レフの望遠レンズと一緒のときもあれば、ポケットサイズの手軽なカメラのときもある。
 そして旅に出ると、それが何処であれ、これも必ず一コマは、空を撮っている自分に気がつく。空の風景が、その土地によって何となく違うと思っているからだ。
 ゴルフの取材で、海外へ行く機会が増えて一段と僕の習慣は日常化してきた。そのほとんどは米国各地なのだが、ヨーロッパや南アフリカ、オーストラリアまで取材に行ったときでも、カメラは僕にとって手離せない必携品になっていた。必ず空を撮り、街や店のウィンドウを撮り、それらの風景を集めて、ようやくトーナメント会場であるゴルフコースへ眼を向けるのである。
 かれこれ20年近く、僕はトーナメントを観るときには、そんな手順を追って過ごしているような気がする。
 不思議なことに、カメラを持たずにトーナメント会場にやって来ても、僕は同じようなことを繰り返しているのに気がついた。特に試合が始まって、カメラを手に歩けないときでも、コースの中で、空を見上げて瞬きてカシャッとシャッターを押している。あるいはホールの途中で、心に残る風景を見たときに、そして選手のいいプレー、ゲームを見たときにも、カシャッ、カシャッというシャッター音が頭の奥底で聴こえて、一瞬、心がドキッと高鳴ることもある。


心にしまいこんだ写真
 僕が心のシャッターを押していることにふと気がついたのは、だいぶ昔のことである。
 ある年のマスターズ・トーナメントで、僕は写真家の立木義浩さんと一緒に撮影をしていた。僕が案内役兼助手をつとめ、さらに観戦記まで書かされるという忙しい一週間だった。立木さんのフットワークは縦横無尽で、重たいレンズを何本も持ちながら疲れを知らないほどである。そして、撮影はスピーディで、僕はいつもフィルム交換であわてるのである。
 カシャ、カシャ、カシャと軽快な音が止まって、すばやくそのカメラを手渡たされた。
 「フィルム、チェンジ」と立木さん。
 「はい」と僕が言って、ふたを開けた。と同時に、血の気を失った。
 「あっ、フィルムが入っていない」
 僕がさっき入れたはずのカメラは、空っぽだった。3台も4台ものカメラを持って、次々に僕はフィルムを交換していたのだが、何故か入っていなかった。すると立木さんが、おもむろにこう言った。
 「今の芸術写真は、貴重だな。俺とお前にしか見ることができないんだもの。心の中にしまっておこう」
 以来、僕はカメラを持たなくても、カシャッとシャッターを押すことができるのだ。

トーナメントに個性が欲しい
 ともすれば日常に流されてしまう毎日。それは毎週日本の各地で行なわれているプロゴルフ・トーナメントに対しても同じ心境になりつつある。ゴルフがつまらないわけでは決してない。プロのトーナメントに興味がないわけではない。けれども、何となく日本のトーナメントに対して、心のシャッターを興奮して押す気持ちになれなくなっていた。
 その理由は、いくつかあった。
 でも、ひとつひとつ列挙すればキリがないし、つきつめるとそれは空しくなるから書かないでおく。ただ、最大の理由は、そのトーナメントに、なかなか「空」を見つけることができないからなのだ。
 僕は、ひとつのトーナメントに、必ず個性があって欲しいと願っている人間だ。
 「空」が欲しい。そこに感じる空気が欲しい。アトモスフィア(雰囲気)が伝わって来るような大会であって欲しい。
 トーナメントが行なわれる土地柄と、ゴルフコース、空、空気、風景、ゴルフクラブの姿勢、芝の色、バンカーの色、人の会話、そしてトーナメントの意義、個性、選手の気迫やゲーム運び……全体がうまく溶け込んで、ひとつのトーナメントが形成される。そのときに感じるアトモスフィアが、観る者に何枚もの心のシャッターを押させるのだと僕は信じている。
 そのひとつが欠けてもいけない。理想である。また理想的ではなくても、そこに漂う熱気があったらと思うのである。



印象に残った尾崎将司の言葉
 試合は、ジャンボ尾崎が盤石の攻防を見せていた。鋭く研ぎ澄まされたコース設計になるほど、技量を持つ人間は、そのテンションが高くなって好スコアを生む。技量やショットに甘さが少しでもあると、そのぶん攻めあぐむのである。一打の積み重ねの中で、甘さのミリ単位の差が、大きくスコアに反映していく。72ホールの戦いは、その舞台設定によって技量に対し、正しい精密な回答を出してくれるのだ。
 追いすがる藤木三郎が、15番ホールの第一打をラフに入れてしまった。その一打で決着がついた。尾崎は、そう言った。ミリの甘さや勝負の運機が、15番ホールで出たのだ。
 僕が印象深かったのは、尾崎が優勝後のクラブハウスで語ったことだった。40名近いボランティア(19〜62歳までの男女)の人々や協会役員、大会運営に携わったプロゴルファー、あるいは関係者が集まって開かれたささやかなパーティの席上だった。その中でジャンボは、こういうスピーチをした。
 「我々プロゴルファーと日本のゴルフ界が、これから考えなくてはいけないのは、やはり社会貢献ということだと思います。またトーナメントがこうしてボランティアの人たちに支えられるということも感謝しなくてはいけないことです。僕の心の中では、いつも裏方の方々やボランティアの人に対する気持があります。けれども僕は戦う立場です。ですからシャイな僕は、その気持ちを直接的には表現しにくいものですが、そういう気持ちを忘れていないということは確かです」
 尾崎に、こういう言葉をいわせてしまったのは、カレドニアンの空ではないかと思った。爽やかで素晴らしい空が、カレドニアンに漂っていた。ひとつのトーナメントが、歴史的に定着することができるのは、こういうアトモスフィアが必要である。

(1992年 TAM ARTE QUAM MARTE誌(カレドニアン)1より抜粋)

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