沿革と歴史


富里ゴルフ倶楽部 開場式典 ごあいさつ

東京グリーン株式会社
代表取締役社長 早川治良



 東京グリーンの早川でございます。本日は、皆様、遠路、当富里ゴルフ倶楽部のオープン式典にご参集いただきまして有難うございます。心から御礼申し上げます。
 かえりみますと、はじめて富里ゴルフ倶楽部の構想をたててから十年近い年月を費やして参りました。その日々の積み重ねと努力の結果、自分の思いえがいたコースを、こんにち、ただいま皆様の前にご披露でき、非常なる感慨が胸をつく思いであります。特に会員の皆様には、長期間お待たせ致し、お詫びを申し上げますと共に心から喜びを分かち合いたいと思います。
 この十年の間に、私はいろいろな方にお世話になり又いくつかの幸運に出会いました。本日は、そのことをお話ししたいと存じます。
 第一の幸運は富里のすばらしい用地にめぐり会えたことであります。
 かねてから、私は、こんどゴルフコースをつくるときは、日本のゴルフコースの歴史を塗りかえるようなコースづくりを、と考えてまいりました。この用地を見たとき、成田地区の好立地、そしてこの豊かな土壌、美しい自然、まさに私のイメージするコースに一致するすばらしい素材だと確信しました。
 しかし、同時に、用地を確保し許認可を得ることが、私の第一のハードルでありました。
 幸い、この点に関しましては、地権者の皆様の暖かいご協力と千葉県当局をはじめ、芝山町役場のこんせつなご指導により、クリアすることができ、私の夢の実現の第一歩となりました。地権者の皆様並びに関係各官庁の皆様に、この場をお借りしてあらためて御礼申し上げます。また、石橋一弥先生には、当初から私どもの計画に深いご理解と適切なご助言をいただきました。あらためて御礼申し上げたいと存じます。
 第二の幸運は、コース建設についての出会いで、設計者にMr.ポーレット、建設担当に熊谷組様との強力なチームワークを組めたことであります。
 私はどんな事業においても、先見性にもとづいた確固たるポリシーを貫くことが、最も肝要なことと考えております。日本のコースの歴史を塗りかえるようなコースづくりを目指すなら、その具体的なポリシーとは何なのか―。


左より、石橋文部大臣(当時)、米倉伊藤忠社長、早川氏、マイケル・ポーレット氏

 皆様すでにご承知のように、当コースの設計方針は、TAM ARTE QUAM MARTE 「力と同様に技も」とする、あのロイヤル・トルーンの標語の再現であり、具体的に言えば「スコットランド指向の本格的戦略型コース」の設計方針であります。私は設計をお願いしたポーレット氏とともに永い時間をかけてこの基本方針の実現をめざして参りました。
 こんにち、コースの完成に当り、ポーレット氏は「このコースは、スコットランドの思想とアメリカ流のデザイン、そして日本の高度の建設技術が一体となった、巧妙で芸術的な傑作となりました。」と、評価しております。私も全く同感であります。
 ポーレット氏は、とくにこのコースについては単に設計にとどまらず、その建設期間中十数度ならず来日して、現場のすみずみにまで適切な指導をするという、その熱意に深く感動いたしました。また、そのアメリカの新しく、かつ豊富な技術とデザインを、見事にこなしていただいた熊谷組様の、ねばりづよいご努力にも頭のさがる思いがいたしました。これもこの場をお借りして、心から感謝申し上げるしだいでございます。
 ところで、出来上がりましたコースの方の現状は、5月の天候不良のためフェアウェイの芝はいま一歩、成長が不十分でありますが、コースの戦略性、グリーンの状態は完璧でございます。会員の皆様には、このあと、視察プレイでその一端を味わっていただきますがおそらく、10回20回とお越しになってますます味わいの深まる変化に富んだコースであると、私は確信しております。
 最後に三番目の幸運としましては、伊藤忠商事様と第一勧業銀行様との出会いであります。率直に申し上げまして、私どもが理想のコースづくりに専念できたのも、私どもの熱意を深くご理解下さり、しっかりと経営基盤を支えて下さった、両社の皆様の厚いご支援のお陰であります。伊藤忠商事様からは、米倉社長が自ら当クラブの理事長に就任され、クラブ運営の先頭に立っていただきました。オープンに伴い、今後クラブ運営に会員の皆様のご期待が寄せられると存じますが、この面でもまた、米倉理事長のもと、私どもは第一級のクラブづくりに誠心誠意励みたいと存じております。
 どうか皆様、本日をもって誕生した富里ゴルフ倶楽部を、世界の名門クラブに育てるべく至らないところには率直なるご叱声をいただき、なお一層のご指導ご鞭撻をお願いしたく存じます。簡単ではございますが、これをもってご挨拶にかえさせていただきます。ありがとうございました。



<1989年9月発行 TAM ARTE QUAM MARTE(富里)1より抜粋>